空白 2016年08月

生活 2

 親分がサエの勤めているカラオケバーに入る。夜にここに入るのは初めてだ。サエは気が付いたようだが親分のカウンターの前に着く。親分が姉さんと私を横に座らせて周りにいる女に酒を飲ませる。どうも指名客のようなシステムになっているようだ。寿司などは近くの店から取るようだ。
 いつも間にかあの時の流し目の女が私の横に座って肩に手を回す。姉さんの目はサエを捕らえている。この女はそう言う動物的な感が働くようだ。
「サエ、あの曲をやってくれ」
 親分の指名でマイクを握る。初めてサエの歌を聴いたがプロ並みだ。
 姉さんはサエの指を掴んで離さない。
「アヤって言うの」
と小さな名刺を出してくる。どうもカウンターの中と外の女の動きが違うようだ。
「今日は初店のサービス」
 言うなりズボンのにチャックから細い指が忍び込んでくる。ボックス席も同じようなことをしている。
 サエの目がさらに突き刺されるように向けられる。この雰囲気はたまらない。でも男はキンキンになっている。どうもこうした生活に慣れてきたのだろうか。堪らず噴出したものをアヤは隠そうともしないでティシュで丁寧に拭う。これはいかにもまずい。
 次は親分が古い演歌を歌いサエにマイクを渡す。これもうまい。
「明日から貸付をやってみるか?」
 親分が真顔で言う。
 姉さんがサエの指を舐めている。






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生活 1

 仕事はずいぶん慣れた。姉さんの一言で8割の日払いが1万円になった。朝夕の送迎トラックはなくなって、集金の後は会計の手伝いをする。不思議に計算を覚えているのだ。それに初めて触るパソコンも自然と指が動く。
「イサムはサラリーマンやったかも」
 姉さんが隣から覗き込む。親分はソファにもたれて帳簿を見ている。
「ちょっと来いや。二人ともや」
「今からこの店見てこい。2か月払いが止まってる」
 姉さんの後からついていく。
「萩に茶屋までちょっとあるよ。親分は昔から貸付もやってるの。この専門の担当もいるけど舐められてるからね」
 通りを何度も曲がって飲み屋に着く。ドアを開けると客が1人だけで、暇そうに女がカウンターにいる。姉さんはまったく気に掛けるふうもなく奥のドアを開けて入る。大きなテレビが部屋の真ん中に置いてあって、労務者たちがビールを片手に群がっている。その一番奥に髭ずらの男が木の枠の中に座っている。
「ボートのノミや」
「兄ちゃん舐めたらあかんで!毎月のもの入れな」
「親父に言ってくれや。博打屋が博打にはまってるんやしょうないで」
 姉さんは急に引出しをあけて、
「親父に言っとけ。質にこの腕時計預かるわ」
と金ぴかの腕時計をポケットにしまう。
「今日は親分と付き合いや。イサムも来るんや」






黒鞄 7

 最近うなされるような夢を見ていた。朝起きると股間がねっとりしている。
 サエが起きるまでに下でモーニングを食べてそのまま三角公園に出かける。最近は姉さんとは別のトラックにも乗る。集金はまだ姉さんと一緒だ。ずいぶん要領もよくなって昼は40分ほど休める。今日は食事後取り立てに行くと言う。
「イサムは黙って立ってればいいよ」
 そう言われて組事務所のドア越しに立っている。
「組長は?」
「外に出てます」
 チンピラがだらしなくソファにもたれて言う。
「車も、靴もある。手間取らさんでなあ。2階やろ上がるで」
 奥の階段を上っていく。私も恐る恐る後ろを付いていく。
 窓を閉め切った部屋にライトが眩しい。男優が縄で吊るした全裸の女の口に自分のものを押し切んでいる。
「もっと押し込むんだ!」
 ゲロを吐くシーンをアップしている。続いて前の穴に挿入する。サングラスをかけたカメラマン自身が横の女にカメラを渡して女の後ろの穴に突っ込む。周りに客が10人ほど取り巻いている。女はあの黒髪の女だ。視線が合う。
「ここまでや!」
 40歳すぎの組長が立ち上がる。
「お前も下で待とれや仕事場やぞ!」
と言いながら手提げ鞄から100万束を出している。
「時間をかけないでよ!」
 集金を終えると全く動じることなく外に出る。
「イサム、ちんぽ立ってるで」
 ズボンの上からぽんと叩かれる。








黒鞄 6

「親分が娘と仲良くやっていると言ってたけど?」
 今日は初めての休日でサエと久しぶりに下の喫茶店でモーニングを食べる。
「気になる?」
「うちは妹よ。それより親分が言うのには彼女は後妻の子だって。元々親分の店のホステスだったらしいよ。兄は腹違いで何度か刑務所を行き来していて今は飛田の近くで組事務所を張っているようよ。なかなかの悪で評判よ」
 ボンは休みがないのかやはりリヤカーを表に留めて入ってくる。
「調べてきた」
 そう言って黒鞄に入っていた鍵をテーブルに置く。
「これはマンションの鍵じゃなくて、銀行の貸金庫の鍵だそうだよ。コピーは難しいらしい」
「どこの銀行かしら?」
「警察に行って手配写真を見て来たけどイサムの写真は出てなかった」
 ボンは頼まれたことを先に言ってしまいたいそうだ。
「ただ刑事が関東の組の者が人と探しに来ているということを言っていた。関西の組との出入れの噂も流れていると言ってた」
「それ気になる」
「救急病院にも探しにきたみたい」
「それよそれ!」
「やくざに追われているのか?」
 どうもやくざ者のようだ。
「でも刺青はないよ。当分髭だね」







黒鞄 5

 陽が沈んでようやく労務者の迎えも終わり事務所で8千円を貰う。現場事務所に様々な仕事をしてきた男たちが日払いの金を手に外に散っていく。相棒の先輩に会計の作業服の男が声をかける。
「姉さんたまには付き合ってくださいよ」
「男の腐った奴とは飲まん!おい新米付き合えよ」
 思い切り襟を引っ張られる。
 サエのカラオケバーの通りから路地に入る。
「珍しいねえ。男連れとは?」
 コップに冷酒が注がれる。
「女だったんだな」
「気に入らない?」
「いや、背は?」
「165センチある」
「ショートカットなので分からなかった。でも真正面から見ると美人だな」
「どつくよ」
「大学出てるのよ」
 横から声が入る。
「親父から聞いたけど、記憶がないのよね?」
「そうらしい」
「今腹違いの妹さんと暮らしてるって?」
「ああ」
「男に生まれたかったの。でもここにいる男たちじゃなくて仕事のできる男よ。ほんとはね、商社に入ろうと思っていたんだけど」
と言いながら、もう3杯を空けている。















黒鞄 4

 翌朝書いて貰った地図を持って三角公園に着く。
「よし、まずは合格や。この袋に入った作業服に変えてメットを被って戻って来い」
 事務所に入ると熱気が凄い。着替えると慌てて親分を探す。親分の周りに同じ作業服の男たちが並んでいる。親分がステッキで私の背中を押す。どうも同じように並べと言うことらしい。居酒屋の顔とは別人だ。親分の後ろに労務者の長い列ができている。
 30分ほどかかって長い列を親分が指揮者のように5つに分けていく。
「よし今日はここまで」
と言う声で労務者は別の列の方に走ってゆく。
 私は急に襟をつかまれて列の前を歩かされる。後ろの男が襟を引っ張っている。公園の端に来るとトラックに労務者を乗せていく。男は無口でアクセルを踏む。30分かかって建築現場に着く。30人ほど乗せている。
「5千円をみんなに渡せ」
 その声に慌てて渡された5千円の札束を配る。
「夕方にもう一度迎えに来る。残っている奴に5千円を払う」
 面倒臭そうに言う。
「これから戻ってもう1往復。それから集金に回る。パチンコ店が3軒、飲み屋が7軒、麻雀屋が2軒、これだけを3時までに済ます。それから朝の奴らを迎えに行く。集金は金を数えてこのノートに記入する。金を数えたことは?」
「分からない」
「困ったおっさんやな!また親父飲み屋の女に頼まれたな。これは昼飯は15分や」











黒鞄 2

「中は見ていないよ」
 サエが押し入れから新聞紙に包んだ黒鞄を出してくる。ずいぶん使い込んだ鞄で腹に巻きつけるようになっている。確かに見覚えがある。リヤカーで運ばれる時も無意識にこの黒鞄を抱えていた。ただこの中に何が入っているのかは覚えていない。
「開けて見てよ」
 最初に掴み出したのは封に巻かれた札束が2冊と1万円札が7枚。
「強盗したのか?」
「あなたのかもしれないよ」
 どうもお金だけなようである。
「もう少し調べてみたら」
とサエが鞄の中に手を入れて探る。
「何かある!鍵ね。マンションの部屋の鍵とか?」
「少しサイズが違うようだな」
「免許書とかそんなものが入ってるかと思った」
「取りあえずこの金で借りている金を支払っておくよ」
「だめ!」
 口をとがらせて言う。
「盗んだお金なら返さないといけないし。返されると縁が切れるようで嫌」
「妙なこと言うな」
「初めて自分のものができたのに。10歳から今まで一人ぽっちで寂しかった。こんなこと話させないでよ」
 大きな瞳から涙があふれてくる。








黒鞄 1

 あっという間に一月が過ぎる。折れた指も動くようになった。サエとはどうしてか男と女の関係にならない。どちらかというと妹のような感情がある。サエの休日には最近は二人で勤めているカラオケバーに行くこともある。サエは同僚に腹違いの兄だと言っているようだ。一番端のカウンターに並んでかける。
「どうして髭を剃らせない?」
「イサムはあの日のことをどう思っている?」
「ボンは事故だと言っているよ」
「うちはこの目で見ている。留まっていた車が急発進して、青信号になっていないのにイサムに向かって走り出した。ぶつけたのに後ろの乗っていたサングラスの男が観察するように見てた」
「何かなあ、相当の悪者だった気がしている」
 すでにあの黒髪の女と二度寝ている。プレイが旨いと言われている。体に何かが染みついている。
「何か思い出した?」
「いや」
「悪者でもいい。でも本当の悪者は目でわかる」
 横に流し目の女が座る。
「お兄さんでしょ?」
「ちょかいせんで!」
 吠えるに言うサエに驚いて立ち上がる。
「あの人は危険なの。横浜のやくざの男から逃げてきている」
 サエが小声で言う。
「イサムに隠していることがある。イサム、黒鞄覚えている」
「いや」
「血を流しながらも抱えていたのよ。ひょっとしてそれを開けたら記憶が戻るのが怖い」
「ならずっと隠しておいたらいい」






















始まり 8

 抜糸の日になった。下の喫茶店で3人でモーニングを食べる。サエは阿倍野まで買い物に行くと言う。
 病院に入ると診察室にカーテンがかかっていて、ぼそぼそ話声がする。ここは看護婦もいない。ライトの光がカーテンに浮かぶ。
「どちらも使えるね先生?」
 女の声がする。
「また撮影はだめだ」
 どうもあの時の蒲団に包まって震えていた女性らしい。あの時の尻の穴の光景が浮かんで記憶を失ってから初めて勃起した。頭は確かに忘れていない。
 30分待って入れ代わりにカーテンの中に入る。やぶ医者は淡々と糸を抜いていく。それから折れた部分を見て、
「順調や。金はサエに昨日貰っている」
と言うが、サエは昨日ここに来ていたのだろうか。
 30分ほどで終わって路地に出る。どうしたものか先ほどの黒髪の女が出てきて腕を捕まえて奥まったホテルに飛び込む。思い切り唇を押し付けてきてズボンを握る。思い出したように勃起する。それから口に含んで前に押し込む。はち切れそうになると後ろの穴に入れ替える。
 これは体が覚えている。私はどんな男だろう。
「あなたは経験があるのね?初めからそんな気がしていた」
 黒髪の女は震えるように言う。
「時々会ってね。お金は全部私が払う」
と言って源氏名の名刺を渡す。












始まり 7

 今日は朝からサエは出かけている。どこに行くとも言っていない。彼女から貰ったこの町の地図を持って朝から歩き回る。サエのマンションの裏側には飛田の色町がある。声をかけられながら隅々まで歩くとカラーマジックを塗りつぶす。そこから通りに出て商店街の中を歩く。この先にやぶ医者の病院がある。そこに印を入れる。
「今日は一人?」
 背中から声がかかる。リヤカーを押しているボンだ。
「昼一緒にしてくれる?」
「ならついてきて」
 あの女将の店にビール箱を運び込んでカウンターに掛ける。
 女将が黙って私だけにビールを抜いてくれる。
「サエについて聞きたい」
「そんなに知ってることはないよ。話したがらない」
「10歳の時にボンが拾ったんだな?」
「そうや。あのやぶ医者の所に運んだ。凄く病院に行くのを嫌がった。どうも風邪だけではなかったようだった。しばらく歩けないであそこで寝ていた」
「やぶ医者から何か聞いた?」
「いや口が堅い」
「サエは幾つだ?」
「それも言わない。ただ年下だと思う」
「では私は?」
「30歳少し上かな?」
 女将がカウンターから魚の煮つけを渡しながら言う。
「でも彼女よく同じ部屋に泊めたね」
「イサムという名をくれた」
「恋人という歳じゃないから、きっと父親の名前かもね。これは女の感!」






始まり 6

 カーテンの隙間から朝日が差し込む。サエは蒲団を抱きかかえるようにまだ眠っている。何時頃帰ってきたのか覚えていない。光があったところに目をやる。何やら壁に写真が何枚もピンで刺してある。大衆演劇の写真のようだ。優男が番傘を広げていて小ぶりの女が寄り添っている。
「それは1番目の父。隣にいるのが母よ。この時はうちは3歳」
「旅回りの役者だったんだね?」
「そういう記憶はあるね」
 サエは思い切りカーテンを開けて胡坐を組む。
「母は悪い女なの。と言うよりセックス魔だったわ。劇場ごとに男を作って、ついに1番目を置いて駆け落ち。それから7人も父ができた。その写真は最初の父。一番いい思い出がある」
「兄弟は?」
「もう子供はいらないと母は中絶していた。よっぽどを嫌っていたみたい」
「なぜ今独りで?」
「10歳の時に家出をしたの。その時に助けてくれたのがボン。イサムと同じようにあの高架下のトンネルで段ボールに包まっていた。風邪をひいて動けないうちをあのリヤカーでやぶ医者に運んでくれた。それからしばらくあの女将の店で住み込みの皿洗いをした」
「同じリヤカー仲間だな」
「でもないの。これもいずれ話すよ」
「謎多き女だね」
「下の喫茶店でモーニングを食べようよ。ボンも来ている」












始まり 5

「ここがうちの部屋や」
 ずいぶん通りを奥に入ってゆく。
「泊めてくれるのか?」
「ああ、これも行きがかりや。蒲団は旅館からもろて来た。辛抱しいや」
 卓袱台を挟んで蒲団が二つ並んでいる。
「言うとくけど、夜中に乗っかってくるようなまねしたら追い出すからね。それとトイレと風呂に入る時は絶対ノックすること」
 姉に言われたような妙な気持ちだ。どう見てもボンより若く見える。
「金はないよ」
「分かってる。ちゃんと控えてる。そのうちに仕事は私が見つけてきてやる。当分はこの瓶に入っている金を使っていいよ」
と言いながら鏡を見ながら化粧を始める。
 私はどんどん綺麗になって行く少女に見とれる。これなら20歳には見える。
「どこに勤めている?」
「カラオケバー。客と寝る奴もいるけど、うちを同じ目でみやんで。そうそう夕方の6時から11時までそこにいる。休みは交代で1週間に一度。ちょっとおっちゃんしばらく後ろ向いてえな」
 どうもここで着替えているようだ。
「おっちゃんと言うのもパッとしないな。こちらもお婆ん臭くなるわ。イサムと言うのはどうや?」
「名前も覚えてないからそれでいいけど。イサムって思いつき?」
「違うわ。でももっと親しくなったら話す」
 そう言って私の体を正面に戻す。
「別人だなあ」
 格子模様のオレンジのスカートに白い秋物のセーター。思ったより胸が出ている。ハンドバックから部屋の鍵を卓袱台に置く。







始まり 4

 少女はお構いなしに複雑な路地を抜けていく。添え木を当てられた左手を肩からぶら下げてよたよた追いかける。
「まずは昼飯」
と言って暖簾を潜る。
 50歳過ぎの女将が無言でビールを抜いてコップを2つカウンターに置く。少女は無造作におかずをガラス棚から持って来て並べる。
「どうや?頭に沁みるか?」
「いや、美味しい」
 暖簾から例の坊主頭が覗いてビール箱と日本酒を交互にカウンターに運び込む。
「ボン、退院したよ」
 無言でボンもカウンターに掛けて食事をする。
「ここはボンの親父の女の店よ。本妻は酒屋の番をしていて、女が3人飲み屋をしてる。ボンはここの女将さんが一番好きだ」
「ペラペラ喋るなよ」
「喋ったる。これでもボンは頭がいいんや。親父の手前あほの様な振りしとるがな。高校3年の夜間生や」
「なら君は?」
「こんなところで歳聞くな。20歳以上だろうが?」
「到底見えないな?」
「またゆっくり話をするわ」
 ビールの飲みっぷりは充分20歳以上だ。
「みんなサエと呼んでいる」
 サエかあ。








始まり 3

 寝すぎたせいか目が冴えて朝まで起きていた。
 それで布団に潜ったまま微妙に振動していた正体を見た。小柄な全身痣だらけの30歳前後に見える女だ。ここでは女男お構いなしに診察が始まる。後の二人はまだ眠っているようだ。
 浴衣を脱がされた女は全裸になって背中を向けている。白衣の背中が私の目の前に来て茶色の薬を塗り始める。
「傷口に熱を持っている。膿むと厄介だ。これで何回になる?」
「5度目です」
「いい加減にあの男と別れたら。このままでは体が持たんぞ」
「撮影が始まるともう気が行ってしまうのです」
「だが男は撮影が終わるとまた遊び回るのだろ?あの男にはそんな女が何人もいるらしいな。隣の兄ちゃんがあんたの写っている写真集を持ってきた」
 女は前に向き直って針の跡と充血した乳房を見せる。やぶ医者は慣れたように女をひっくり返すと尻の穴を覗きこみ治療を始める。
「相当ぶっ太いものを入れたな。完全に脱肛になっている」
 いつの間にか少女が階段を上がってきて、女の姿に全く無関心に私のベットの横に丸椅子を運んで来て座る。
「この街では背広は似合わない。古着だけと合いそうなのがあったので買ってきた。やぶ医者が気が付いたと知らせてきた。出て行けと言うことよ。もう歩けるのか?」
 背中に目があるようにやぶ医者が答える。
「記憶はないが歩けるさ」
「じゃあ今から出ていく」
「支払いは?」
「ツケで私が払う。歩けたらすぐに出ないと悪い病気をうつされるからな」
 どうも私は少女のテンポについていけない。








始まり 2

 長い眠りから覚めた。
 四人部屋の窓際のベットに寝かされている。汚れた窓ガラスの向こうに片隅だけ通天閣が見える。窓際に小さな瓶にコスモスが1本風に揺れている。その先にくたびれた白衣の背中が見える。
「その花は彼女が活けたよ」
 やぶ医者。そういう少女の声が耳元に残っている。
「もうここに来て丸3日になる。初めての目覚めだ。彼女は毎日ここに来て1時間ほど座って帰る。さっき帰ったところだ。夕暮れになると仕事に行くようだね」
「彼女は何をしているのですか?」
「それはじっくり君が聞くべきだな」
 隣ベットに黒髪の女が珍しそうに私を見つめている。
「それとこの病院には正式に患者を泊める施設がない。明らかに仮に預かっているだけだ。男も女もないさ。ここは行き倒れがいるか。喧嘩で担ぎ込まれたものか。梅毒のものか。それと君は寝たきりだったから、おしめをつけている。それを替えてくれたのも彼女だ。恥ずかしいか?それなら正常だな」
 隣の女がくすっと笑いをこらえた。
「名前は?」
「・・・」
「やはりな。一時的か永久にか記憶を失ったな。頭部の打ちどころが悪かった。7針縫った。左腕は手首と指が2本折れている。そう着ていた背広は彼女が持って帰った。今来ているパジャマも彼女が買ってきて着せ替えた」
 しっかり少女の顔は覚えている。だがぶつかる前の記憶が失われている。
「先生上げるぞ」
 野太い男の声がして1階からして階段の軋む音がする。大きな頭が現れて若い男を軽々持ち上げて上がってくる。
「入口に置いてくれ。手当は済んだが腹を刺されている。チンピラやくざだが常連さ。これで満室だな」
 そう言われてもう一つのベットを見る。
 布団をかぶったままだが微かに動いている。







 

始まり 1

 横殴りの雨が容赦もなく吹きこんでくる。それでも夕日がトンネルの天井に差し込んでいる。人だかりが私を取り巻いている。どうしたのだろう。全身が痺れていて立ち上がれない。
「あんたらな!見てるだけはあかんやろ!」
 少女の声がして、ゆっくり体が持ち上がる。坊主頭が視線を塞ぐ。
「のきな!」
 高い悲鳴の後、体がリヤカーに乗せられて横断歩道を渡る。天井の敗れたアーケードが続く。
「救急車呼ばんのか?」
「あかん!」
「どうしてや?」
 坊主頭は少年のようだ。でも二人で押している。かなりのスピードが出ている。天井の景色が流れている。
「あんな、あのぶつかった車見てへんのか?あの車はこの人とめがけてハンドルを切った」
「そうかなあ。俺には自殺に見えたんやが」
「あほか!その車は少し離れたところに留まっていたんや。それが急発進して来たんや。引いてから後部座席から男の顔が覗いていた」
 少女の声が途切れるやリヤカーが急カーブを描く。アーケードの天井が切れて夕空が覗く。
「やぶ医者!」
 その声とともにドアが開かれ白髪混じり髭面の男の顔が覗く。
「結構な血だ」
 体の隅々まで視線がはい回る。
「出血は頭だ。左手はかばったのか折れている。救急を呼ばない理由があるのやな?麻酔をかけて手当をする。一緒にベットに持ち上げてくれ」
 声を出そうとしたが声が出ない。そのうちに恐ろしい眠りがやってきた。






プロフィール

FC2USER015477MKZ

Author:FC2USER015477MKZ
学生時代に書きためたノートの埃を払って万年筆の文字を打ち直し始めた2作目です。この作品は未完で今回はなんとしても完成したいです。

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