空白 2017年07月

鏡の向こう 2

 八重洲口に先に出ていた年配のマネージャーが車で迎えに来ていた。周りの目が興味ありげに二人の姉妹を見つめている。ゆっくりドアが開いて驚いた目でマネージャーが二人を見比べて、
「新宿のマンションはあの時のままです。部屋には頭取から見張りが張り付いていてくれます」
「新宿に住んでいたのか?」
「そう、覚えてないのね。私と会うために新宿に2年前に引っ越ししてもらった。今回修司が消えてからこの部屋は伊藤と頭取双方から家探しされた。でも何も見つからなかった」
「それでもママは今まで家賃を払い続けてきています」
 マネージャがバックミラーを見ながら言葉を添える。車は混雑に巻き込まれることもなく新宿の裏町に止まる。さっそく入口に黒づくめの男が立当ている。エレベーターを二人で登ると止まった階にあのサングラスの関東のやくざが立っている。思わず体が引ける。男は私とは分かっていないようだ。そっとドアを開ける。
「彼は伊藤の?」
「関東のやくざは今は頭取側についている。何度も襲われたようね」
 殺風景な部屋に大きすぎる机がある。
「これはね。専務から頭取になった時に修司が譲られたものなの。ここで執務をとっていた。それだけ修司は可愛がられていた。それが頭取になると守りに入った。猜疑心が強くなったわね。私もここに泊まって除夜の鐘を聞いたこともあるのよ」
 机を触っているとふと本棚を少し押してみた。そこに『カオル修司』という傷跡があった。
「これが記念碑よ」
 指先だけに記憶が戻ってきたような気がした。





 
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鏡の向こう 1

「サエの目色っぽかったわ。女の修司にも惚れたようよ」
 新幹線の個室に籠りっきりの私に弁当と缶ビールを運んできてカオルが笑う。
「中にいる時くらい化粧を落としたいんだが」
「駄目よ。ここまでにするのには2時間もかかったんだから。化粧がなかったらここでもやりたいくらいなんだから」
 つんつんとスカートの中のものを突く。
「着くまで約束事を確認しておきたいの。頭取はおそらく伊藤の始末を始めていると思うの。ただ頭取も伊藤がどこまで知っていて少しでも証拠になるものを持っていないか聞き出しているはずよ」
「やはり君が伊藤を呼び出して?」
「それも修司を助ける条件の一つ。私が嘘をついている。修司がギリギリのところで伊藤と組もうとしたと言ったわ。頭取があなたをガス自殺で殺そうとしたのはその恐れを感じていたからなの。それほど伊東は執拗に修司を誘っていたわけ。だから修司が消えた時には伊藤の嘘に騙された」
「そのために私も頭取の拷問を受けた。トイレにいけないほど一本鞭を受けたわ。痛みで熱が出て寝込んだ。でも吐かないので私の嘘を信じかかっている。修司はガス栓をひねったのは部下であり頭取の命令だと知っていた」
 私は現実にはどうだったのだろう。
「それで伊藤と組もうとした。でも伊藤も同様情報を独占するために修司を監禁した。それで証拠の品を持って逃げだした。実際修司がどこまで伊藤に話したか知りたがっている。でも今は修司は記憶を失っている。それを確かめたいのよ。でも頭取が昔通り戻ってこいと言ったらどうする?」
「サエのところに帰る」
「焼けるわ。でも3人でするの約束して。確かに一時私は修司を裏切った。その罪滅ぼしはするわ」






向き合う 10

「最後のプレイには私も入れてね」
と言って私とカオルに用意していた食事と飲み物を出して店に出る。代わりにあの年配の男が明日からのスケジュールと宿泊場所などをメモした紙を持ってくる。新幹線の個室を取っているようだ。宿泊先は『白薔薇』の東京だ。食べながらサエが買って来た鞄に下着や旅行用具を詰め込む。
 10時になって今日は青いチャイナ服を着たカオルが入ってくる。ここは定時に30分ほどのショーが何度も朝まである。これは週刊誌で読んだ知識だ。その後に客は思い思いの女性を指名して部屋に消える。
「もうやっているにかなって心配した」
 笑いながら寝室を開く。
「明日はちょっと化粧に時間がかかるから2時間で寝ましょう」
 言うなりカオルはもう裸になっているし、男のものがそりかえっている。サエはつられたようにそれを口に含んでいる。ひょっとしたらこれが最後の営みになるのかもしれないそんな緊張が3人にはある。私は飛びつくようにサエのスカートを下げてサエのアナルに差し込む。するとカオルが体をひねって突き立ったものを私の中に入れる。
「だめだあ」
 カオルがもう発射してしまっている。
「踊りながらやるのを考えていたら我慢できなくなっていた」
 サエがカオルのものを綺麗に舐めている。
「明日はサエも手伝ってよ。修司いえイサムをニューハーフに変身させて東京入りよ。伊藤は怖くないけど、警察が動いているわ」
 カオルはすでに警察の動向を捕まえている。
「それに頭取も手ごわいから。今日は川の字で寝ましょう」







向き合う 9

 黒鞄の中にあった鍵をネックレスにぶら下げてサエの首に掛ける。これはたぶん貸金庫の鍵だろうと思っている。ただサエはこれが伊藤や頭取達が血眼になって探しているものとは思っていない。ただ私の手掛かりになる重要なものという認識はある。
 昨夜またカオルが車で修繕する衣装を運んできて、明日の晩二人で来てほしいと告げて手紙を置いて帰った。カオルと東京に行くと言うことだ。会う相手は頭取だ。1週間欲しいとある。
「大丈夫?」
 胸から顔を上げたサエが心配そうに言う。
「その鍵がなければ殺されることはない。それにここまで来たらカオルに掛けるしかない」
「信じるわ」
「万が一も考えてフミコのところに泊めてもらうといい。困ったことが起これば姉さんに相談するのがいい。頼れる男のような女だからな。カオルと姉さんに抱かれるなら嫉妬しない」
「記憶が戻ったら?」
「その時はカオルに頼んでおく。これは想像だが、ここに逃げて来る前まで相当カオルに仕込まれていて男を愛す体になっていたと思う。ほれ、今でもサエに見詰められるだけでこんなに立ってしまっている。カオルはサエを妹のように思っている」
「うん」
「彼女も危険な綱渡りをしている。私も同じ綱を渡らなければならない。3人とももう隠すものも何もない。裸であそこまで愛し合ったんだから」
「戻ってきたらこの町に逃げてきた話を聞いてね?誰にも話さなかった恥ずかしい話」






向き合う 8

 朝リヤカーでビールを運んでいるボンと会う。
「あれからサエがめっちゃ明るくなった」
 そう言うと路地の中に消えて行った。あの日から二人は同じ布団の中で寝ている。
 今日は地上げの進行をチェックしがてら新聞社の近くで記者と待ち合わせしている。
「ITMファイナンスの最近の情報は?」
「そうですね。どうも伊東退任だけでは済みそうにありませんね。これは東京のライバル誌ですが」
と言って白黒の写真を見せる。
 そこには伊藤と話している『白薔薇』のママの写真が載っている。
「これはいつくらい撮られた写真なのですか?」
「10日ほど前でしょう。『白薔薇』のママの後ろ盾は頭取とはこの業界では周知の事実です。それに大蔵省がメイバンクの頭取を呼びつけていますよ。負債は銀行も入れると1500憶では済まないと言われています。バブルを抑える意味でも政府は厳しい手を打つだろうと言われています」
 記者もまだ頭取と総理の黒い関係は知らない。
「伊藤の行方は?」
「関西で消えたと言われていましたが、どうして東京のホテルで『白薔薇』のママと会っていたのでしょうかね?」
 身の危険を感じていた伊藤がどうして東京まで出掛けたのか。これはカオルが例の証拠を持ち出したのだろうか。
「これはオフレコですが、警察が第2総務課長の自殺の調査に加えて前任の課長の行方不明も調査を始めましたよ。その眼鏡だけでは危ないですね。警察の写真はスーツ姿で髭もないですから」
 私が警察に上げられたらカオルの絵はすべて壊れるだろう。ひょっとして殺されることも。







向き合う 7

「今日は『白薔薇』のママの指示ではなく自発的に来ました」
 初老の男性が珍しく歩いて事務所を覗いた。それで商談に使う喫茶店に案内する。明るいところで見ると表情に元女だった感がある。それに気付いたのか、
「元々私は伊藤の店でママをしていました。年を取って男に戻りました。ニューハーフは年を取ると惨めなものです」
 カオルもサエもそれを口にする。
「ところでママの話ですが、実は頭取との話はそんな簡単なことではなかったのです。それをしっかり理解してもらわないとママが大変な危険に状態に陥ります」
「頭取とは話ができたと?」
「いえ、そんな生易しい話ではなかったのです。あなたの部下が頭取の指示で閉じ込めた部屋のガス栓をひねった話は聞きましたか?」
「ええ、それで逃がしてくれたと」
「それで今度は頭取にママが監禁されたのですよ。電話がかかってきて私が迎えに行った時は全身ムチの傷で2日も熱を出して寝込みました。その後ママはその時に雲隠れしていた伊藤を綱渡りで関東やくざに引き渡したのです。これも頭取との約束事だったようです」
「頭取と関東やくざは?」
「関係があります。関西やくざとも。でもその仕事をしていたのがあなただったのですよ」
「とんでもない銀行員だったわけですね」
「でもママには優しかった」







向き合う 6

 サエは『白薔薇』の衣装をまとめて受けるようになった。それで友達の一人をアルバイトで雇ったようだ。どうも竿を持った少女のようだ。
 帰りがけに珍しく金融ブローカーのやっさんが覗いた。その足で定番の寿司屋に行く。
「ようやく京都駅裏の土地がまとまった。悪いけどまた一緒してや」
と言いながら週刊誌を開く。
「例の伊藤な、ITMファイナンスを解任されたで。800億ほどの焦げ付きが出ているようや。メインバンクが会社整理をするという噂や」
 やはりカオルが言っていたことだ。頭取が腹をくくった。例の証拠が伊藤のもとにないと判断して片をつけにかかった。
「それがあの記者曰く伊藤がその日に消えてしまったと言うてる。若頭は関東のやくざに連れ去られたと言うてる」
「でも伊藤は元々関東のやくざと組んでいたのでは?」
「伊藤は関東のやくざの金も運用してたんや。それも焦げ付かせとおる。金蔓も失って身柄を確保したそうや。しばらく安全やが伊藤が苦し紛れであんたの秘密をゲロしたら危ないと言ってたで」
 やっさんは私がなぜ狙われているのかは知らない。
 それにカオルは信じられるが、頭取が何を考えているのかはわからない。カオルの言うように早い時期に頭取に会わないといけない。何より記憶のあった時の私が逃げ出したのにはわけがあるはずだ。本当に信用していたら逃げ出さなかっただろう。ひょっとしたら頭取と会ったら記憶も戻るかもしれない。
「伊藤が生きていると困る奴がうようよいるのさ」
 頭取もその一人だ。






向き合う 5

 12時までにマンションに送ってもらった私とサエだが、言葉を失って並んで壁にもたれている。私は体中でサエとカオルを感じている。不思議なことには二人は私の中では一体だ。部屋に入った時からサエが私の手を握りしめている。商店街の明かりが消えて部屋の中も真っ暗になる。
「男の私でいいの?」
「男のサエがいい。記憶は戻らないがカオルに体の記憶を戻してもらった。カオルを抱くのはいやか?」
「彼女も好きになった。一緒に抱かれたい。でも捨てないで」
「いつまでも一緒にいたい。カオルとは話をした?」
「ええ、しっかり話をしてもらった。男女は愛する人を見つけるのは難しいと。私は女になったけど私を愛してくれる男の人は諦めていた。そんな時にイサムを拾って燃え上がった。カラオケバーにいた時は戻ってきてオーナーニーばかりしていた」
 この狭い部屋で一人しごいているサエの姿が浮かんだ。
「カノンが時々私をホテルに誘った。彼女はイサムに抱かれたとも言っていた。3人でやらないそれは悪魔の響きだった。でもやっと私はイサムの女として求められるようになって幸せだった。でももし男と分かったらと。だから私はカオルと勝負する気でいた。場合によれば殺していたかもしれない。カオルはイサムを裏切ったと言ってるけど、イサムのためにぎりぎりのことをしたんだと思う」
「まだ後始末があると言っている。これは私の仕事だと思っている」
「私も協力する。それにまた3人でやりたい。私って変態ね。もうまた立ってきている。私いつまでも綺麗でいれるように頑張る」








向き合う 4

 テーブルの上に小瓶を並べてテレビ画面のスイッチを入れる。そこに真紅のベットに寝かされているサエが映っている。
「その気になったら入ってくるのよ」
と言うなり画面にカオルが入ってくる。カオルは鮮やかに全裸になる。
「私は頭取から不倫するような気持ちで修司に薬を飲ませてこの道に誘ったわ。あなたは最初は戸惑っていたけど、私の奴隷になった。私のを吸わせアナルにも何度も入れさせた」
 カオルはサエの布団をめくり上げる。薄暗がりで見ていたサエの裸が鮮明に画面に映る。
「あの頃は自分は性に狂った雌犬だと思った。やりたくてやりたくて狂いそうだった。でもみんな同じものを持っていると今は分かっている。修司に無理やり私の小便をコックから飲ませた。口の中に大便を押し込んだ。なのに修司じゃなく頭取を選んだ。でも修司が消えて狂いそうになった。頭と体が別々なの」
 カオルの口の中のサエのものが吸い込まれる。サエのものがそりくり立っている。カオルは自分の中にサエを迎え入れる。カオルのものも見事に怒ったようにそり立っている。
「カオルも私も修司を求めているのよ。修司の体の記憶は残っているわ」
 いつの間にか私は素裸になって隣のドアを開けている。驚いたサエの目がそこにはあった。カオルの尻に重なった。これは体が勝手に動いている。
「修司の体は覚えてる」
 カオルの声が耳元で響く。
「イサム捨てないで!」
 サエの声が背中からして私の中に入ってくる。
 私はこんな世界に住んでいたのだ。







向き合う 3

「乗ってください」
 あの初老の男が車から顔を出した。やはりなぜか迎えに来るだろうと思った。姉さんに手を上げて車に乗り組む。カオルはサエを何かの意図があって呼び出したと思う。無言の時間が過ぎて元ラブホテルの建物の中に車がゆっくりと入る。ボーイが立っていてエレベータの最上階のボタンを押す。
「来てくれたのね」
 エレベーターのドアが開くと向こう側の部屋の扉も開いて純白のドレスを着た『白薔薇』のママが椅子に掛けている。
「サエが来ているはずだ」
「ええ、昨日は泊まってもらったわ。今は疲れて休んでいる。起きるまで少し昔のように飲まない?」
「サエを人質に?」
「そう言えばそうなるかも。でも彼女と引き換えなんて卑怯なことは考えてない。修司はビールだったね?」
 冷蔵庫から小瓶を2本取り出して抜く。それをそのままごくごく飲む。
「これが修司の飲み方。覚えている?おととい頭取がここに泊まった。それで話をつけたの」
「修司は記憶を失っていない。もし今後サエに手を出したら公表すると修司に脅されたと言った。頭取は私が監視することで話は成立した。でも修司は私と約束しないとこの契約は成立しない。それにそれを破ったらサエを殺す。もちろん修司がサエと別れるというならまた別の契約がいるわ」
「サエとは別れない。君の契約とは?」
「昔通りに時々サエも入れて一晩暮らすのよ」
「それは私一人では決められない」
「彼女のOKは取ってるのよ」
「抱いたのか?」
「もちろん。立派なあれがついてたわ」






向き合う 2

 案の定サエのだんまりが始まった。もうこの状態が3日間続いている。窓ガラスだけは管理人に言って直してもらった。
「妹と言っても腹違いだからやっちゃったわけだね」
 この管理人はいつ見てもエロ雑誌を読んでいる。ボンの言うのには毎月飛田に通っているという話だ。さすがに今日はサエにきっぱり頭を下げて謝ろうと思い、仕事が引けてから残業してるだろうサエの店を覗いてみた。前に来ると店はカーテンが閉まっている。中から光も漏れて来ない。背中からボンの声がした。
「大変な騒ぎだったね」
「ちょっと飲めるか?」
「ああ、いいよ。最近親父はほとんど店に顔を出さなくなったので少しサボれる」
 立呑み屋の暖簾を潜る。
「もうサエとはできてると思っていたんだけど?」
「ちょっと当たり所が悪かった」
 確かに当たり所が悪かった。
「ボンは一度あれを銜えてもらったと言ってたな?」
「一度きり。その時おっぱいを揉ませてくれた。すぐ立つからって」
「前を見た?」
「変な質問だな」
「ボンだけに話すんだがサエにあれが付いているんじゃないかという奴がいる」
 まさかという返事を期待したが、ボンはビールをゆっくり注ぎながら、
「昔カラオケバーにカノンという女がいたね?」
「黒髪の女だな」
「そう。そのカノンがサエの腰を見て男の腰だと言っていた。それにこの店ニューハーフの得意さんが多いんだ。さっきもサエの姉さんみたいな人とタクシー乗って出かけて行ったよ」
 『白薔薇』のママのカオルが来ていたのだ。










向き合う 1

「どうしたのよ?」
 頭を包帯で巻いた私を見て姉さんが大声で叫ぶ。その声がまた頭に響く。
「サエに手を出して花瓶で殴られた?」
 当たらず遠からずだ。今朝いつものようにサエの布団に潜りこんで唇を吸った。薄目を開けたサエは気持よく吸いかえしてくる。次はパジャマを上げてピンと立った乳首を吸う。ここからサエがその気になったら私のものを含む。これが暗黙の了解だ。だが私の頭の中に「サエは私と同じ」というカオルの声が蘇る。
 ついお尻を突き出したサエの誘導する手を押しのけて手を伸ばしてしまった。感触が全くないうちに物凄い勢いで跳ね飛ばされて窓ガラスを突き破った。サエも予想外の出来事だったらしく慌てて血だらけになった頭に薬を塗って黙々と包帯を巻きつける。鋭く睨みつけるが一言もしゃべらない。
「やった?」
 姉さんは女以外には興味がない。
「別れるなら私が二番手よ」
「躓いてガラス窓を割ってしまったんだ」
と言っても延々とその話を耳横でする。
 ふぐりの感触はなかった。カオルの言うのが正しいのかどうか自信がない。だがあの調子なら当分口をきいてくれそうにない。
 サエが男でも好きは変わらない。そう言えばイサムと名前を付けてくれたサエだが、それ以上この町に逃げて来た過去をしゃべることはなかった。一番親しいボンからは一度だけ口でして貰っただけしか聞いていない。







登場 9

「サエが男?」
 戻りかけたカオルが振り返った。
「調べたわけじゃないのよ」
と言って思い切って再び椅子に掛けて鞄を開いて一枚の写真を取り出した。
「私の男の頃の写真は全部捨てた。これは女に生まれ変わった最初の写真。15歳。この話は修司だけにはした。でも記憶にはないでしょう?」
 確かに今のサエに生き写しだ。
「この頃新宿の店でボーイで働いていた。ここでお金を稼いで手術するの。その頃伊藤がよくこの店にやってきていた。彼は有名な総会屋にいて接待にこの店を使っていた。ニューハーフは遊んできた男達が行きつくところなのよ。でもニューハーフと言っても商売のための人も多いよ。私は男でないとダメだった。サエもそうだと思う」
 いつの間にかブランディが運ばれてきてテーブルに置かれている。
「伊藤は両刀使いよ。彼の薦める彼のお客と何度もベットを共にした。それで接待にもっと安全な店と言うことでこの店を開いた。その中の上得意が頭取だった。彼は女性では立たなかったけど私とではピンと立つのよ。彼は夢中になった。でも私も夢中だった。その頃このビルを私が貰い、伊藤は私を完全に頭取に譲ってITMファイナンスに行った」
 カーテンの向こうのドアのノックが2つ鳴った。
「それから修司を頭取が連絡係に使い出した。伊藤もここには姿を見せなくなった。その時修司に睡眠薬を盛って強姦したの。丸一日部屋に閉じ込めてやりまくった。それでどこかが切れた」
と言うなり軽いキッスをして離れた。
「今度はもっと時間を取りたいわ」

















登場 8

「カオルはもう一度殺せって命令された訳?」
「カオルって覚えてくれたんだ。頭取も私も実は伊藤にずっと騙されていたの。確かに頭取はあなたを殺そうとした。それは事実。軟禁を頼まれたけど殺すとは思っていかった」
「憶えていないが事実だと思うよ」
「伊藤はあなたと組んだと脅していたのよ」
「私が持って逃げたものは?」
「始めはあのビデオには私とあなた、私と頭取が裸で絡む映像を想像した。それだけで十分脅迫の材料だと思った。でも伊藤はビデオの中に私と絡む総理を発見した」
「総理と寝たのか?」
「私の持ち主は頭取だから」
「伊藤は総理の名前を出してビデオで脅してきたけれど、彼は修司を確保できないでいた。ようやく私も頭取も伊藤の手にビデオが渡っていないと確信した。それに伊藤は知らないことがあるの。実は修司が持ち出したものはビデオだけでなく頭取と総理の裏通帳だったの」
「そこまで話していいのか?」
「あなたが記憶を失ったのは事実だし、おそらく持っているなら今度はあなたが条件を示せばいい。それは私と頭取が話して決めた。もちろん時間はたっぷりある。頭取はそれまでに伊藤を葬るはずだわ」
「伊藤の手元には何もないということだな」
 いつの間にかカーテンの中に消えようとしている。
「そう、サエに会ったわ。彼女私と同じだよね」







 

登場 7

 さっそくサエに聞いてみた。どうも『白薔薇』の名前で衣装を依頼してきたという。『白薔薇』のママが直接持ってきたようだ。
 今日は難波の中華料理の個室に呼ばれた。どうもここは『白薔薇』の店のほん近くなので、どこかでママが見ているような気がする。
「実は隠し撮りのビデオにとんでもないものが写っていたのです。それに初めて気づいたのは伊藤でしたが、それまでに『白薔薇』のママが伊藤のブランディに薬を盛ったのです」
「敵対したわけ?」
「ええ、でも頭取はあなたと別れることも条件に入れていたのです。もちろんあなたは左遷の予定でした」
「裏切った訳だから仕方がないのでしょう」
「それでママはあなたを誘き出してママの部屋に軟禁したのです。でもママはそこで慌てたのです。まさか頭取があの第2課長にガス栓をひねらせたのです。ママは別れるという条件で受けたのにと慌てたのです」
「でも私は殺されると慌てた」
「そうです。あなたは隠しカメラを鞄に入れてもう一つメモ書きの入った通帳も持ち出したのです。これは元々あなたが管理していた裏金の通帳です」
「隠しカメラには?」
「ママが寝た総理が写っていました」
 マネージャがそれだけ言うとカーテンの中に消える。
「私は持ちものでした」
 ゆっくりママが現れてマネージャの席に掛けて新しいグラスにビールを注ぎます。
「私は今は頭取を愛しています。彼もあなたを逃がしたことは許してくれています。でも私の中ではまだ解決していません。だからここに来ました」


















登場 6

「どうぞ」
 新年が始まってサエはまた残業が始まる。仕方なく今夜はぶらぶら歩いてやぶ医者の行きつけの小料理屋のカウンターに座る。結構私も常連のように扱われている。熱燗を置いてぼんやりと肘をついている。その声に驚いて隣を見る。
「いつの間に?」
「あれから大阪暮らしです。ママも新店オープンで今は大阪に戻ってきています」
 注いでもらった酒を開けて注ぎ返す。
「頭取にも会って来たようです。ただもう少し時間をかけたいと」
「それは頭取の意向?」
「いえ、ママの気持ちだと思います」
「どういう関係だったのですか?」
「始めは私と同じ連絡係だったようです。頭取は今まで組んできた伊藤と距離を置こうとしました、それで第2総務課をこしらえたと聞いています」
「初代が私ですか?」
「はい。相当な抜擢だったようです。これは頭取からいずれ話があると思います」
「男が男を愛せるものなんですか?」
「ママのクラスになると女より女ですよ。それに・・・これはママが何れ体で」
「いつママに会えるのですか?」
「しばらく私から情報を得てください。しばらく頭取と伊藤は睨み合いが続きます。それは求めるものが双方に手にないことが分かったからです」
「2代目の課長は殺されたのですか?」
「それは分かりません。でもあなたが襲われたと同じ原因だろうと思います。それとママは同棲の彼女に相当嫉妬しています」
「会ったのですか?」
「ええ、店にも行ったようですよ」






登場 5

「最近のイサムどうかしてるよ」
 夜から朝まで抱き続けてもう一滴も出ない。
「除夜の鐘も年越しそばも食べてないのよ。もし朝風呂に入ってきたら確実に殺してたよ」
 こんなに体を合わせて精を流し込んでいるのに一度だって同じ風呂に入ったことがない。これをしたら別れると言われるそんな気迫がある。
「いやあ」
 元旦にも下の喫茶店のモーニングはやっている。
 すでにボンが来ていてフミコのお腹をさすっている。自殺騒ぎから一層二人は仲良くなったようだ。だがボンの親父の件もあり入籍の話はまだ白紙だ。
「そうだイサムの尋ねていた初老の男、彼女の店に何度か来ていたようだよ」
「ええ、女将さん曰くあれは女性だって言ってた」
 『白薔薇』のマネージャーだ。
「前のやくざと違って髭のない眼鏡をかけているイサムの今の写真を見せたらしいよ」
「なんも話さなかったけど、サエのマンションも知っていたわ」
「その男なら店にも来たよ」
「そんな話初めて聞いた」
「だって顔を合わせたらセックスになるもん。動物並みよ」
 フミコがくすくす笑っている。









登場 4

「イサム何か悪いことしなかった?」
 何日ぶりかの姉さんの声だ。
「何かあった?」
「年配の男性だけど、妙に根掘り葉掘り聞くのよ。いつからここに勤めたとかね」
と言いながら封筒を出してきた。封筒に姉さんが貰った名刺をピンでとめている。『白薔薇』のマネージャーとある。あの初老の男性だ。
 封筒の中に1枚のスナップ写真が入っている。
「イサムの恋人?」
 明らかにベットの上でピースをして写っている。相手は『白薔薇』のママだがずいぶんと若い。
「サエとあんまり変わらないようね」
 私は姉さんから隠れるように奥の更衣室に逃げ込む。
「私と修司が会ったのは5年前。その頃は伊藤から頭取に持ち主が替わっていた。修司が頭取に連れられて店にやってきた。その頃は頭取と伊藤は本当に仲の良いコンビだった。でも伊藤がITMファイナンスに行くようになってから利害が合わなくなった。その頃から伊藤は頭取の弱みを探していて、私にも修司にも甘い誘いをかけてきていた。伊藤は元々ビルの持ち主だったし、私の部屋にはよく泊まっていたから隠し撮りのカメラを内緒で取り付けた。それで私も修司も彼から脅されることになった」
 そこまでで書いてペンが止まっている。その後に『カオル』と名前がある。
 彼女があの日大胆にも私のものを銜えた事実からして、そのビデオには頭取だけではなく私の絡む姿もあったはずだ。
でもそれだけが真実ではないような気がしている。もっと何かがある。








登場 3

 『白薔薇』のママから裏切られてあのやくざが現れたら諦めることにした。それだけ彼女の登場がインパクトがあった。それから急に寝ているサエを起こして抱くようになった。何か記憶が蘇るのが恐ろしかった。
 久しぶりに新聞記者から前の小料理屋で会いたいと連絡があった.
「伊藤は不起訴になりましたよ」
 ビールを一息であおると、記者は残念そうに話しだす。
「もちろん不良貸し付けについては捜査はまだ続きます。だがメインバンクの調査が中止されたのです。どうも頭取の指示だという噂が流れています」
「『白薔薇』のママは何者ですか?」
「前も言ったように元々は伊藤の女と言われていますが、途中から頭取の女のなったように思います。表向きは30歳と言われていますが、伊藤の店に出た頃は18歳と記録には出ているので、そこから逆算すると27歳になるのですが、それよりまだ2つ3つ若いと」
 彼は鞄の中から店に出た頃の写真を出してみせる。
「今彼女はどちらについているのですか?」
「頭取です。これはまだ公表していないのですが、頭取と彼女の繋ぎは第2課長のあなたがしていたのです。彼女は店の最上階のマンションに住んでいます。どうもそこに頭取が来ていたようです。頭取が来るときは必ず店にあなたが現れたそうです」
 記者はかなり調べてきているようだ。
「彼女はあなたの失踪から関東のやくざとは別にプロの探偵にあなたを探させていたようです。これは最近分かりました。これは私の勝手な推測ですが、伊藤はあるもので頭取を脅していたようです。あるものは分かりません。頭取は確かに弱みを持っていたのでかなり彼の言いなりになっていたようです。それがあなたの手元にあると双方思っています」
「それは何ですか?」
「分かりません。だから近々に私は『白薔薇』のママと会うように思うのです」
 実は偶然にすでに会ってしまっていた。
















登場 2

 親分を事務所まで送って戻ってくると、先程の年配の男が後ろから紙切れを渡す。なぜか体が吸い寄せられるように後ろのタクシーに乗り込んでしまっている。無言のまま20分ほど走ってホテルの中の入ってゆく。部屋の前で送るとチャイムだけ鳴らして下がっていく。
 ドアは鍵が外されている。ベットに足を組んで座っている。
「やはり大阪にいるというのは本当だっだのね」
「記憶がない」
「関東のやくざに車ではねられたようね。でも罠かもしれない」
 と言うなり立ち上がってじろじろと私を見る。彼女は素早く私のズボンを下げて口に含んでいる。見る見る大きくなった私のものを喉まで銜え込んでは絞り出すようにしゃぶる。この快感は体の記憶に残っている。サエの口に出すと同じ感覚が走る。ママは立ち上がると口からこぼれてくる白濁の液を飲み込んだ。
「修司ね。あなたの精液は昔から変わらないわ。でも本当に何も覚えてないの?」
「ああ」
「あなたは私からも逃げた。いえ、誰からも逃げた。と言っても分からないでしょうね。でもあの時だったら私もそうしたと思う」
「今伊藤に狙われている」
「始めは伊藤があなたを抱き込もうとした。で頭取が慌てて私を使ってあなたを軟禁した。確かにその時の頭取には殺意があったわ。でもさらに私が軟禁場所を変えた」
「理解できない」
「そうでしょうね。しばらく時間ちょうだい。話をしてみる」
「誰と?」
「頭取よ。彼はもう前の彼ではないわ。腹をくくっている。心配ならまた逃げてもいい」
「いや、もう逃げたくない」










登場 1

 私が番頭の貸し付けを放棄を宣言してから姉さんは口もきいてくれない。これもやも得ないと今日は親分とラブホテルの売買に立ち会う。
 すでにラブホテルは休業していて、取引はホテルの会議室で行う。私は前日から担保の抹消書類を用意して親分に付き添って会議室に入る。すでにラブホテルの社長も来ていて手を上げる。相手側はまだ司法書士が来ているだけで『白薔薇』のママの姿は見えない。おそらく取引の場にまで出て来ないだろうと期待はしていない。私は最近は髭も剃って黒縁のガラスメガネをかけている。
 ドアがゆっくり開いて年配の男の後ろから地味なスーツ姿の女性が入ってくる。
「やっぱり来てくれはったんやなあ」
 ラブホテルの社長が立ち上げって握手をする。
「握手が条件の取引なんて始めてです」
 どうも彼女が『白薔薇』のママだ。彼女は握手を済ませると年配の男に合図する。私も封筒から抹消書類を取り出す。
その時突き刺さるような向けられらのを感じた。テーブルに札束が積み上げられる。親分が頷くのを見て勘定を始める。
「銀行員の手つきですね?」
 ママがふいに口を開いた。
「いやか街金ですわ」
と親分が答える。
 取引はあっという間に終わって『白薔薇』のママは即座に姿を消す。
「いや、あれがちんぽのついた男か。20歳代後半の可憐な女だよな」
「また悪い虫が出てきたんやろ?」







流れる 5

 姉さんが番頭を解雇すると言ったが、親分がなぜか首を縦に振らない。仕方なく二人の間に入ってなだめ役を買って出て、結局番頭を追い出したという女房の調査を引き受ける。
 古い貸し付けの書類を見たが、あのスナックの借主は番頭になっていて女房は保証人でもない。立ち退きを求めても回収額はほとんどない。番頭はほとんど金をすべて女房に渡していたようで資産も貯金もない。とは言え貸金業者が指をくわえている訳にはいかない。どうもスナックの2階には新しい男が住んでいるようだった。
「親分」
 事務所に帰ってきて帰り支度をしている親分に声をかける。
「回収は見込みないですが、スナックの追い出しはしますか?」
「そやろなあ。これは娘には内緒やで。あのママはな、昔ミナミでグラブにいたんや。昔は女遊びをして彼奴のおかあちゃん泣かせてたんや。あの女に店持たせたんはわいや。番頭は身代わりになってなあ」
「姉さんはご存じで?」
「知らん。あの頃は女同士で駆け落ちしてた。それがあの女が金を引き出そうとして番頭に抱かれたんや。吸い付くようなワレメってあれを言ううんや。それに気づくのが遅かった。それで番頭にあの女を押し付けるようになった。実はあの女がわしの女房のところまで押しかけて来たわ。それで番頭に一緒になるのを許したんや。情けない話や」
「姉さんには回収不能と私が判断したことにします」
「悪いなあ」
「いえ、私は親分に拾ってもろたと思ってます」
「いや、イサムを拾ったのはサエやで。大事にせなあかん。わしがもう少し若かったら手出しとったやろうな。孫娘の様なサエにな」










 

流れる 4

 ドアを開けると入口にうさん臭そうな男が座っている。
「そこの班場のものやが、番頭が来てると聞いているんやが?」
「ああ、あの番頭か?隣のアパートにしけこんでいるわ。覗くなら勝手にな。1階の一番奥や。アベックで見るには刺激的やで。その気になったら隣の部屋は1時間800円や」
 どうも売春宿でもあるようだ。にたにたと笑って送り出す。飯屋にはすでに5人ほどの人夫が女と飲んでいる。細い通路が隣のアパートに繋がっている。一番奥の部屋もドアはかかっていない。姉さんがそっとドアを押す。
 まさに裸の尻に男が圧し掛かっている。
「番頭さん?」
 さすがに姉さんが声をかける。番頭の顔がこちらを向く。その間から裸の40歳過ぎの女の気怠い目が覗く。
「もう我慢ならん首や」
「ああ、もう何も未練はない。好きにしてくれや」
 頬のこけた番頭がまだいきり立ったものを元のさやに戻そうとする。
「あかんで、このおっさんには借金が200万も残ってるわ」
 毛布を巻いた女が口を突き出して言う。連絡したのか強面のデブが入り口を塞ぐ。
「ここは代紋かかってる店や。そうですかと帰すわけにいかんな」
「こちらも金を取らんと帰れんわ」
 姉さんの言うのを押さえて貰っていたお守りの若頭の名刺を出す。
「携帯かけてもろても構いませんで。こちらの仕事せ寄せてもろたから」









流れる 3

 久しぶりに朝方までサエを抱いた。今日はやたらとサエが求めてくる。
「サエを抱いたな」
 姉さんがうとうとしている私を見て言う。
「でも仕方ないな。あんな可愛い子と同じ部屋で寝ていてやらないなんて病気だものね?でも一度だけ私に抱かせてくれないかな。私だったら子供できないから安心よ」
と本気の眼で言うのを聞きながら、空港の近くの班場に車で乗り付ける。
「番頭は?」
「今日もずる休みですわ」
 年配の現場監督がプレハブの事務所に案内する。欠けた湯呑にお茶を入れてくれる。
「休みは家に帰ってないの?」
「追い出された話してましたで。それからここ毎日あそこの飯屋のおばはんところに転がり込んでいますわ」
 私がロッカーの中の帳簿を見ていく。前貸し用の手元資金が使い込まれてだけではなく、賃金の中抜きもしているようだ。
「これは酷いですよ」
「番頭に会いましょう。今からでもその飯屋開いている?」
「気いつけた方がええでっせ。夜は2階で賭場開ているからなあ」
「イサム髭残してた方が迫力あったのにねえ」
 殴り合いになったらきっと姉さんの方が強いだろう。
「わしが適当な頃若いのん連れて覗きますわ」
 そう言われて薄暗くなった外に出る。細い道が続いていてちょっとした工事関係者の飲み屋街ができている。二階建ての木造が見えて、漁師町らしくなくバーというネオンが点いている。








流れる 2

 女将に夜そちらによると伝言をしておいた。
 書類整理をして一人事務所を後にする。ボンにどう切り出すか決まらない。どうやらサエはフミコと夜ラブホテルに泊まったようだ。風呂に入って腕を切ったようだ。
「久ぶりだね」
 先にボンが座っていてビールを飲んでいる。
「フミコとはどうする気だ?」
「親父にはいくら言ってもだめだと思うんだ。でも結婚する」
「サエがなあ、昨日病院についていったんだ」
「サエに子供ができた?」
「いや、フミコにだ」
「そんなに早く?」
「ボンのじゃない。父親のだ」
 言った私が一瞬凍りついた。冷蔵棚のガラスに映っているボンの顔を見ている。表情が読めない。フミコは父親に何度も襲われて逃げてきた。充分可能性はあったのだ。だがまさかそう現実に出くわすとは思ってもいなかった。
「育てる」
「いいのか?」
 大きく頷くボンの顔を正面から見た。
「今のことを彼女の前でも言うんだ」
 そう言って手を引っ張るように通りを走る。だが途中でボンが追い越してやぶ医者の階段を上がる。そこには肩を抱いているサエと俯いているフミコがいた。ボンは動物の様な雄たけびをあげてフミコの唇に吸い付く。サエがそっと腕を引っ張って階段を降りる。
「今日はホテルに泊まる?」
「いいのか?」
「我慢できないよ」


















流れる 1

 今日は親分が退院してくる。
 どうもサエの動きがおかしい。朝顔を合わせても視線を避ける。だが彼女が話してくるまで待つつもりだ。
「体はどうですか?」
 親分は姉さんに支えられて出てきてからソファーに掛けたままだ。姉さんは朝の人夫出しを終えたら戻ってくる。
「痛みは治まったが一人でまだ歩けんわ。とくに変わったことはなかったか?」
「ええ、少し番頭さんの小料理屋が気になりますが」
「支払いが止まったのか?」
「いえ。支払いは止まってないのですが、変な男が居座っているようです」
 これは姉さんも見てきたようだ。それで近々に番頭に会ってくると姉さんは言っている。
 その姉さんが戻ってきて私の横に並んでかける。小声で
「サエが来てるよ。まさか孕ませたのと違う?」
と言う。慌てて外に出る。青白い顔で立っている。
「店は?」
「友達に見てもうてる。ちょっとついててきて」
 どんどんと一人で歩いていく。もしサエが孕んだら祝福しようそんなことを考えている。サエはやぶ医者の2階に上っていく。なんとそこにはボンの彼女のフミコが腕に包帯を巻いて横になっている。
「昨日ホテルで腕を切ったんや」
「どうしたんや?」
「彼女子供ができたんや。でもボンとやったんはちょと前や。どうも今の父親の子やと思う。よく話したからもう自殺はないけど、ボンとの話を任せたいんや」
「そうか分かった」
と言ってみたものの気が重い。









背中が見える 9

 朝サエを抱こうと蒲団に潜り込んだが姿がない。どうも帰ってきた形跡がない。どうもサエは私の心の中にしっかり住み着いたようである。
 事務所に着くとホワイトのベンツが留まっている。呼び出しの話は聞いていない。事務所に声をかけて車に戻ると、ゆっくりと後部ドアが開く。
「朝から悪いな」
 若頭がコーヒーを手渡す。
「本部で京都駅裏の売買の承認が出た。日にちはやっさんと決めてくれ。今日来たのは伊藤が探しているものが分かったからだ」
「それは何です?」
「貸金庫のキーらしい。これは裏の繋がりのある関東の親分から聞いたので間違いない。今の時代はやくざも敵とのルートがないとダメなんだ。ただ伊藤をこれ以上のさばらせると関西の地盤が危うくなる。それだけ大きな金を動かしているわけだな」
「貸金庫の中身は?」
「S銀行の頭取を脅すものだろう」
 私は黒鞄の中のキーを思い出していた。やはり貸金庫だったのだ。S銀行の頭取の不利な証拠が入っているようだ。
「君が初代のS銀行の第2総務課長だとも聞いた。第2総務課長というのは頭取の独立した機関で、大規模案件や政治家対策をしていたそうだ。初めは伊藤が社外担当の時期もあったが、頭取は彼の危険性を見抜いて君を抜擢したのだそうだ。2代目課長は殺されたようだな。警察が秘密裏に内偵しているようだ。彼のことは覚えている?」
「いえ、まったく記憶はありません」
















背中が見える 8

 相変わらず年の瀬が迫ってきてサエは更に忙しくなって御前様になることが多くなった。事務所に記者から連絡が入って仕事帰りに一緒にやぶ医者と会った店に行くことにした。
 女将が顔を覚えてくれていてカウンターの端に席を作ってもらった。
「面白いことが分かりましたよ」
 彼は手帳を見ながら取り寄せたらしい集合写真のコピーを見せる。
「彼の所属は本店総務部2課長、4か月前から新任課長になっている。もともと同課の古参の主任だった。この課は頭取直属の仕事を担当している」
「秘書課?」
「いや秘書課は別にある。今の頭取になって作られたようだ。内部の話では何をしているのか分からないかだそうだ。頭取室の横にあり専用の応接の接客も担当ているようだ。もう一度写真を見てくれ」
「これは私か?」
「そうだ。君が初代2課長だよ。その後ろに立っているのが自殺した課長だ。初めはまさかと思ったよ」
 私が彼にビールを注ぐ。
「本社の記者はこれは自殺じゃないと言っている。現場の刑事の話では彼は3日前から無断欠勤をしていたというのだ。その3日の居場所が不明なのに本庁から自殺として発表された」
「新聞では夜間に車にはねられたと?」
「それもそちらの手口に似すぎている」
「これは大きな事件に糸口になるような予感がする。しばらく内緒にしてくれ」
 私がぼんやりと見た先にやぶ医者に視線が合った。






背中が見える 7

「なんか変な気がするわ」
 久しぶりに姉さんと集金に出かける。
「髭がないと様になりませんかね」
「なんかちょっと惚れそうな気がするんや。番頭のママの店ちょっと覗いて見たんやけど、ヤバイ感じがするのや。まだ貸し付けが650万残ってるので心配や」
「そやなあ。一度調べてみるか」
 二人で定食屋のカウンター越しに話しかける。
 棚の上の映りの悪いテレビを時々見上げる。
「銀行員の自殺みたいやね?」
「S銀行や」
 箸を止めてボールペンを取ってメモを取る。S銀行本店総務課長・・・。丸の内の本社ビルが映る。ここも記憶がある。店の電話を借りてやっさんに電話を入れる。
「S銀行の本店の課長の自殺テレビで見たんやが、あの記者に詳しく調べてほしいと伝えてや」
「何か関連があるのか?」
「分からんが、引っかかるものがある」
「そうそう、ついでだがあのタクシー会社から指値が出たぜ。今日若頭が本部に持って行った。ただ下手をすると関東と関西のやくざ戦争になると心配してた。伊藤に会ったらしいな?」
「ああ、ずいぶん焦っているように見えた」
 私を追いかけているのは伊藤に違いないその思いを強くした。








背中が見える 6

 夕方若頭から電話があり白のベンツで迎えが来た。本部のビルにあるステーキハウスだ。一番奥に個室がある。ここには親分と来た日も入ったが、この個室の壁に厨房から入れる細長い部屋がある。中に通されると黒づくめの男が2人イヤホンをはめて映像を見ている。無言でイヤホンを譲ってくれる。
 テーブルに若頭と金融会社の社長が座ってワインを手にしている。正面には伊藤と年配の男が座っている。
「京都のタクシー会社と接触しはったらしいですな?」
 派手なネクタイを締めた方が伊藤だ。
「あれは本部に頼まれた金融屋や。ただ話は聞いている」
「売られるならこちらが親分の手数料を用意しまっせ」
「京都でファイナンスされているそちらの社長は線引きはどう思われます?」
 若頭が私の言った線引きを言っている。
「うんなあ」
 Kファイナンスの社長も感じているようだ。
「でもここまで来たら行くしかないんや」
 伊藤が否定する。確かに追い詰められている。
「S銀行の頭取とはあまりよろしくないという噂やがのう?」
「自分の尻に火ついて来たら昔の恩も忘れよる」
「そんな恩売ってるのかいな?」
「頭取選の時、かなりやばい情報を流してやったし、女も譲った」
 苦い思い出でらしく顔が歪んでいる。『白薔薇』のママのことを言っているようだ。
「それにとっておきのネタを持っているんですわ。ただ・・・」





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学生時代に書きためたノートの埃を払って万年筆の文字を打ち直し始めた2作目です。この作品は未完で今回はなんとしても完成したいです。

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