空白 

新しい一歩 6

 オープンの日の昼にサエの店を覗いてみた。狭い玄関の入り口に親分の花輪が出ていた。私はせめてもと思い観葉植物の鉢を買ってきた。サエは若いお人形のような服に身を固めた女性2人と話している。客が全く入っていなければどうしようと思っていたがほっとして店の中を見渡す。奥に新しく買ったミシンが置いてあって作業場を兼ねている。
「お客さんだから行くよ」
「違うの。前に言っていた兄貴よ」
「へえ、紹介してよ」
と笑いながら出て行く。
「飯は?」
「一人だからここで食べる。コーヒー入れるよ」
 そうしているとおしろいを塗った若い男衆が風呂敷を抱えて入ってくる。 
「サエちゃんおめでとう!今日は修繕が3着に、派手な着流しの新調を頼む。座長の好みで頼む」
「分かってるわ」
 なぜか別人のようである。男衆が封筒を出して渡す。サエはそのお金を数えてそばの空き缶に入れる。客が出て行ったので声をかける。
「レジは置かないのか?」
「大した出入りがないからこれで十分。今のは修繕だけで23000円。でも芝居小屋の得意先が4軒あるのは助かるわ」
 サンドイッチを食べているともう客が入ってくる。一度カラオケバーで見た顔だ。美人だがどこか男の匂いがする。そのまま後ろのカーテンの中の入る。仮縫いを知るようだ。
 私はコーヒーを開けるとそうそう出る。自分もしっかり働かなければ捨てられるという妙な気持ちになっている。
 









新しい一歩 5

 朝押入れから出してきたパソコンに触れてみる。記憶は現れないが、指が自然にキーボードを押している。
「文字を打ち込んでいるよ」
 ひょとしたら銀行員だったのかも?これは少し前から抱いていたものだ。ただ今追いかけている記憶には危険な臭いがついて回る。だからサエにはまだ伏せている。
 今日はあの記者と事務所の近くの喫茶店で会うことにしている。
「関東のやくざを調べましたよ」
 椅子に掛けると写真を出す。
「これは当社の東京の記者が撮った写真です。組長の車の横に立っている男があなたを狙ったサングラスの男じゃないですか?」
「間違いないです」
「この男は関東最大の組長の運転手で組のナンバー3と言われています。裏の事件で動くという噂です。伊藤ともゴルフをやっているのも分かっています。伊藤と組長の繋ぎ役と見ています」
「あのゲラは記事になるのですか?」
「まだキャプからストップがかかっていいます」
「どうしてですか?」
「伊藤は悪役としてスポットが当たっていますが、S銀行の頭取は影に隠れています。ここで出してしまうと影は消えてしまいます。何を持って脅しているのかを掴まないとダメです」
「それのキーは?」
「それはあなたの記憶です。だから私はあなたの記憶に支援します。その代わり特ダネをください。もちろんキャップにもあなたの存在は伝えていません」
「ここ3か月前のS銀行頭取の周辺で私を探して下さい。それと『白薔薇』のママの写真をください」
















新しい一歩 4

 今日は事務所の前でサエと待ち合わせをしている。サエは朝から新しい店のリフォームの打ち合わせを済ませてると言う。昨日10日早く契約を終えた。
「えらい別嬪がいてるで」
と親分が笑いながら、
「帰れ!」
と言う。
 珍しくサエがジーパンに無地のセーターを着ている。
「高校生みたいやな」
「化粧せんから」
 今夜はボンと彼女と4人で飲むことになっている、ボンが飛田新地で得意先の小料理屋を予約してくれている。店に着くともう2人は来ている。
「フミコ言います」
 サエのねいさんの様な感じだ。でも何となく気が合いそうだ。新たらしい店の話をサエが散々してビールを飲んだ。何やら女同士でくすくす話している。いつの間のか9時になっている。清算をして後から店を出る。
「何彼女と話してた?」
「ボンとやったかって聞いたの?」
「大胆な奴やな」
「ボン奥手やから。まだ言うとった。うちらはもうやったで言うた」
 何だか嬉しい気持ちになって聞いた。
「パソコン使ったことがある?」
「いや分からへん」
「押し入れに中古あるんや。これで仲間とやり取りしている。明日触ってみる?」





新しい一歩 3

 サエは明日からカラオケバーを辞めると卓袱台にメモを残して出かけた。なぜかどんどん取り残されていくような気になっている。
 今日は親分の供で貸付の相手に会いに出かける。タクシーを呼んでミナミの道頓堀の西のどん詰まりまで入る。アヤと入ったホテルが近くにある。構えからするとソープランドと言うらしい。フロントを抜けて屋上まで上がる。
「わざわざすまんのう!」
 親分と同年代のスキンヘッドの親父が椅子に胡坐をかいて座っている。若い30歳くらいの女が肩をもんでいる。昔この建物を買う時に親分が貸したと言う。当時5億だったようで、3億を5年で貸したが3年で返済したと言う。事前に謄本を上げたが今は無担保だ。
「なんで儲け頭のこのソープを売るんや?」
「来年にはこの辺りではソープが出来んようになるということや。ホテルだけの評価じゃつまらんからのう。契約はしたものの風俗の許可で3か月かかるんや。今度はおとなしく北新地のレジャービルに乗り換えや」
「安全を見て6か月の短期か。所仮打つで」
 親父が契約書をテーブルに載せる。女がお茶を入れてくれる。親分の横から契約書を覗く。
「9億かええもんやな」
「『白薔薇』と言うたらニューハーフの店ですね?」
「若いの詳しいな。お釜とは呼ばんらしいわ」
これは週刊誌の記者が持っていた記事原稿の店だった。
「売買の日に立ち会わせてください」
「もちろんや」









新しい一歩 2

「サエに貸付するんですか?」
「ああ。貸付はイサムが部長になる前から決裁降ろしてるわ」
「書類見せてください」
 珍しく粘って貸付の書類を貰う。
「住民票や印鑑証明がついてませんが?」
 すでに親分は公園に人夫出しに出ている。姉さんが笑いながら、
「親分の貸付には昔からそんなのが付いていないのがたくさんあるわ。サエだったら取り立ては私がするよ」
 まったくだめだと思いながら書類に目を通す。
 心配だったので集金を急いでしてあの店の登記を上げに法務局に行く。それからたこ焼き屋の表札を確認に行く。間違いなくたこ焼き屋が所有している土地建物だ。先代から相続している。
 帰りにボンのリヤーカーに出会い女将さんの店による。あの彼女が皿を洗っている。
「サエが店を借りるの知っているか?」
「昔から口癖のように言ってた。阿倍野で店見つけたから調べてと頼んできた」
「服を作ってるのってホントか?」
「もう3年も前から劇団の衣裳の修繕をしているよ。休みになったら凄い衣裳で集まりに出かけてるよ。一度着せてもらって出かけたが、恥ずかしってありゃしない」
 なぜか話を聞いているうちになんだか心細くなってきた。今自分が愛しているサエが彼女の薄い影のように見えた。その夜はアルコールを一滴も飲まずサエが戻ってきたのを押し倒して抱いた。







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学生時代に書きためたノートの埃を払って万年筆の文字を打ち直し始めた2作目です。この作品は未完で今回はなんとしても完成したいです。

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